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建寿御前日記 第八段 「宮仕の初め」 [【建寿御前日記(本)】]

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【第八段 本文】

十二になりし年、后立ちあるべしとて、人々まゐりそひけるに、まことのも、そらごとのも、母たち、なにとか言ひさだめられけん、参るべきになりにけり。心ならずつくろひたてられしかど、いふかひなく、あきれられて、まゐりたれば、衛門佐(ゑもんのすけ)、こころよせの人とて、車よせて、姉の京極殿も居まうけられたりけり。火あかくともして、眉つくりなほしなどするほどに、常陸といひし、それも幼くて、やなぎの衵の、うへすりたるに、ひろきかけおびかけて「とくのぼらせ給へ」と、いへば、京極殿ぐしてまゐる。三河にてありけり。白く肥えて、思ふことなげなる若き人、もえぎのにほひに、紅梅のうすぎぬきて、紙燭、御むかへにとて来たり。いづくにかありけん、居るべき所とて、つくろひすゑられたるに、あなくちをし、早くよるになりにけり、こよひご覧ぜさせでとてゐたるほどに、あなうれし、きとこの御かたへおはしましたるとて、障子よりさしのぞかせ給ふにや、聞きしらぬ御こゑにて、「あないたとよ、これも、ててはかなしがりてか」とおほさるる。京極殿、「こよひもぐして参りて候。かずごとに」など、まことのしろ、さしもなけれど、よきさまに、とり申さるるに、「やがて見参(げざん)すべけれど、あまりに、かくうちとけて」とて、ちひさき御几帳とりよせられたれど、ほころびより、さしいでさせ給ひたりし御顔の、なにごともつつましく、おそろしきやうにのみおぼえて、あきれてゐたる幼きここちに、あなうつくし、世には、さは、かかる人のおはしましけるかと、ふと、見つけまゐらせたりしより、なにとなく、心のおもひつきまゐらせにしなり。

【訳】

(私が)十二になった年に、立后があるはずだということで、皆が参上し集まっていたところ、いろいろのことを母たちは何と相談し決め事をされたのか、(私が女院の所へ)参上するのがよいということになった。
自分の意思ではなく準備をされたが、わきまえもなく、ただ呆然として(御所へ)、参上したところ、衛門佐は(私達と)親しい人であるということで、車を迎えて世話をしてくれ、姉である京極殿も待ちかねていらっしゃった。

※衛門佐は建春門院の女房。筆者の家族と親しかったので、車で御所へ参上した筆者たちを迎えに出てくれた。
※京極殿は筆者の姉。すでに建春門院の女房になっており、御所で筆者が来るのを待っていた。 

火を赤くともして、眉を書き直したりしていると、常陸という、これも幼い子で、柳襲(やなぎがさね)の衵で、上には文様をすり出した衣装をまとい、広い掛け帯をかけて(いる子が近くにいたが)、「早く参上なさいませ」という声があったので、京極殿が(私を)つれて参上する。

※この「常陸という、これも幼い子で、柳襲の衵の上に文様をすり出した衣装をまとい、広い掛け帯をかけて(いる子が近くにいたが)」の部分は解釈が分かれる。
これを挿入文と解して、作者と常陸が同日に新参としてやってきたとする説と、常陸は幼いがすでに出仕している女房で、その常陸が筆者達を迎えにやって来たと解する説がある。今回は前者によりました。
※柳襲…「柳襲」の襲色目のこと。通年使用、祝儀用。緑色のグラデーションをなし、最後に紅を入れる。

(そこにいたのは女房の)三河であった。色白でふくよかで、何の悩みもなさそうな若い女性で、萌黄の匂の袿に、紅梅色のの薄絹を着て、紙燭を手にお迎えとしてやってきた。

※萌黄の匂…「萌黄の匂」の襲色目のこと。通年使用・祝儀用。萌黄色(明るいうす緑)を明るい→暗でグラデーションにし、最後に紅を入れる。
※うすぎぬ→薄く透けるような布地のこと。普通夏に着るような気がするんですが、春(現在3月)にも着るんでしょうか。よく分かりません。

(今思うとそこは)どこであったのか、控えの部屋に準備され待たされていると、残念なことに早くも夜が更けてしまった、今夜はお目見えさせてやれなくて、と待っていると、嬉しいことに、ちょっとこちらの方へ(女院様が)いらっしゃったということで、障子からちょっと覗かれたのであろうか。聞きなれない御声で「まぁ、(小さいのに)いたわしいこと。この子のことも父(藤原俊成)は可愛がっているの?」と仰せになる。京極殿が「今宵も(自分の縁者を女房として)連れて参上いたしました。数をつくして全部と言っていいほどでございます(「何人もお世話になることでございます」の意味)」などと、本当の数はそれ程でもないが、しかるべくごあいさつ申し上げると、(女院様は)「さっそく会いたいが、あまりに打ち解けた恰好をしているから」と、小さい御几帳を引き寄せられたが、几帳のかたびらの間からちらりと見えた御顔が、何ごとも気おくれがして、こわいようにばかり思われて、途方に暮れた幼い心に、「ああ、お綺麗だ。世の中にはそのように美しい人がいらっしゃるのか」とさっと目におかけ申し上げた時より、何となくお慕い申し上げるようになったのである。

※障子…ここでの障子はついたてのようなもの。

【コメント】

訳を作ったら意外と長かったです。
本でざっと読んだときに比べ、一文一文訳を作ると、それぞれの衣装も鮮やかにイメージできてより一層文章を楽しめました。
昔の人の色のセンスって繊細ですごいです。
古典を読むまで赤~ピンクの色なんて、赤、オレンジ、ピンクくらいしか意識してませんでしたが、古典だと紅梅、桜、紅、緋、丹、茜、柿、赤白橡(あかしらつるばみ)、萱草(かんぞう)、蘇芳と、ちょっとあげただけでこれだけありますもんね。

今回は筆者が初めて女院の御所に出仕した時のお話です。女院に皇太后の宣旨が下るということで、そのタイミングで出仕したみたいです。
すでに女院のところにはお姉さんの京極殿が出仕しており、筆者は京極殿の養女になっていました。

御所に上がって控えていると早くも夜になってしまい、「今日中のお目見えは無理かな」と思っていると、ラッキーなことに女院がたまたまこちらへいらっしゃって、障子のかげからこちらをご覧になり「小さいのに痛々しいこと。この子も父(俊成)は可愛がっているの?」と京極殿へのお言葉あり、その後に几帳をたててのお目見えとなります。

解説によると、父親が可愛がっているかどうかを聞いたのは、母親の身分が高くない子供は父親の愛情の厚薄がとても重要だったからということらしいです。
ただ、筆者の実の母は美福門院に仕えた加賀という女房で、通称「美福門院加賀」とよばれた人物です(後に八条院に仕え、五条の局と呼ばれます)。もともと加賀のお母さんが美福門院の乳母ということなので、筆者の母の家系は成り上がり中流貴族の家人というところです。
まぁ、中流とは言え、美福門院が国母にまで出世しちゃうので、その家人の家系だったらある程度羽振りはよさそうですよね。

そして、そのお目見えした時に拝見した女院の美しさに幼いながらに感動し、それ以来お慕い申し上げているということだそうです。
このとき、女院は26歳くらいのはずですし、そりゃ綺麗だったでしょうね。

★さて、先週から気をもんでいた「清盛」の視聴率、全国平均では何とか10%を超えてワースト更新は免れたみたいです。よかった~。
裏でサッカーをやっててこれですから、今脱落せずに見ている層はけっこう堅いってことですよね。

お話も保元の乱後半で、とっても面白かったです。
敗軍の将になった為義が、敵方になった息子義朝が戦勝の褒賞として昇殿を許されたと聞いて、泣き笑いのような顔をして喜んでいるシーンにぐっときてしまいました。
来週も面白そうなので、この調子で視聴率が上がるといいなと思ってます。

【建寿御前日記(本)】・・・意外と面白い段落でした。


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kontenten

ご心配を頂きました・・・三毛ちゃん。
日曜日の朝から帰ってきました(^^)
やっぱり、背に腹は代えられない・・・空腹には耐えられなかったようです。
さて、清盛・・・前回は、裏がサッカーだったようですね(><)
三毛ちゃんは良かったですが、こちらは・・・^^;Aアセアセ
by kontenten (2012-06-05 10:32) 

ヨンタロー♀

「あかしらつるばみ」が色のことなんて、全く以って想像つきません(>_<)
そんな私はサッカー見ちゃいました。
by ヨンタロー♀ (2012-06-05 20:20) 

溺愛猫的女人

こんばんは

なにはともあれ「平清盛」がワースト記録更新じゃなくて良かったですねo(=^▽^=)o

平安時代の着物の色の重ね方は本当に素晴らしかったろうと思います(=^・^=)v
色彩感覚と染色技術の見事さ、表現もすごいですよね。
by 溺愛猫的女人 (2012-06-05 22:06) 

nakonako

みなさん、nice&コメントありがとうございます。

kontentenさん、
三毛ちゃん、よかったですね。
これで一安心です。
清盛も、逆に言えば裏に何が来ても10%は堅いんじゃないかとおもいます。これまたちょっと安心です。

ヨンタローさん、
「あかしらつるばみ」って確かに、何色じゃ??って感じですよね(笑)
桜色にオレンジがちょっとだけ混じったような色みたいですよ。
やっぱりみんなサッカー見ちゃいますよねー。
nakonakoは結局サッカーを見ていないのですが、日本が勝ったらしいということだけはヤフートピックで確認しました。

溺愛さん、
ワースト記録更新回避できて本当によかったですよ。
裏にサッカーあって微増ですから、今見ている層は結構堅いんだと思います。
まぁ、内容的にも先週は良かったと思うので、いい内容なら視聴率は取れるってことなんですよねー。
そうそう、ご紹介いただいたCD聞きましたよ。
ザ・平安って感じで面白かったです。
by nakonako (2012-06-06 18:39) 

mito_and_tanu

猫が無いデスニャ
by mito_and_tanu (2012-06-06 21:43) 

nakonako

mito&tanuさん、
猫はね~、素材を集めるのが大変なんだもん!
少々お待ちください。
素材が集まったら記事にしますので。
ちゃーちゃん弟くんは毎日毎日nakonakoの布団で寝てますよ。
多分「ここは自分のベッドにゃ」って思ってそう。
by nakonako (2012-06-06 21:58) 

ぴー太郎

こんばんは♪
日本人の色彩感覚って素晴らしいと思うのです。漢字で表現される色名、
素敵ですよね。アルファベットはその点味気ない気がする(笑)
やっぱり四季のある自然豊かな国だったからでしょうね。あ~過去形に
なりつつある今日この頃。今後はどうなっていくのかしら・・・
by ぴー太郎 (2012-06-09 00:05) 

なおこ

こんばんは~  う~ちょっとでおくれました(汗)
和の色の表現って 本当に素敵ですよね。
すべてが 微妙で繊細な色感で~ また それがお着物の色になるとより素敵ですよね~。 私はめったに着ないのですが それでも着物っていいなぁと思います。

清盛 視聴率上がったんですね。とりあえずほっ
だって あれは面白かったですよ~
来週のおじさんに手をかけるシーン いまからドキドキしています。
 
 
by なおこ (2012-06-09 01:37) 

nakonako

ぴー太郎さん、
本当にそうですよね~。この「日本語は美しい」って感じられるのは、自分が日本人ならではですよね(もしくはものすごく日本語に堪能な外国の方)。
四季の移り変わりや花鳥風月に鈍感になってますもんね。
残念といえば残念な気がします。

なおこさん、
日本は世界でも珍しく装飾品文化があまり発達しなかった国ですが(指輪やネックレスとか)、その代わりに色彩の文化はものすごく発達しましたよね。
着物で魅せるから装飾品はいらないってことなんでしょうか。

清盛、次も盛り上がりますよね。
叔父上退場は正直ちょっと寂しいですが。
by nakonako (2012-06-10 20:31) 

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